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飛騨の家具を紐解く【Vol.2】飛騨の匠、発祥と歴史〜源流をたどる旅

3回シリーズでお届けする「飛騨の家具のストーリー」。前回は飛騨の家具とは何か、にふれた。2回目は飛騨の家具の発祥と伝統のストーリーをお伝えしたい。
飛騨の家具が他の高級家具とは一線を画し、日本の歴史と伝統から誕生した家具であることまとめてみた。

飛騨の家具|日本を代表する飛騨デザインは一脚の椅子から

今では日本で唯一の食堂椅子の産地であり、ダイニングチェアの出荷量は全国一の飛騨・高山。だが、大正9年までは、飛騨・高山地方には椅子とテーブルを使う暮らしはまったくなかった。

そんな生活様式に一石を投じたのが大正9年創業の中央木工株式会社(現飛騨産業株式会社)だ。

はじまりは一脚の椅子づくりだった。椅子づくりは今日においても、家具のなかでもっとも難しいとされる。チャレンジは苦難の連続だったという。

飛騨の家具の源流|陸の孤島といわれた飛騨高山の山奥で誕生

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飛騨高山は東海地方の中央高地にまたがる山の街で知られる。槍ヶ岳や穂高岳の飛騨山脈の大自然に囲まれている。

今でこそ、都会からの観光客で賑わう名所となっているが、大正時代の飛騨高山には鉄道は開通していない。隣町の岐阜へは140キロ、富山へ90キロ、移動には人力車で2日を要した。陸の孤島と呼ばれるほど、交通不便な山の中にあったのだ。

陸の孤島ーー。言い換えれば自然資源の宝庫だ。だが、当時は雑炭か下駄の歯程度のものしか作られていなかったのである。

飛騨の家具|今や世界に誇るダイニングチェアが困難の連続


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中央木工株式会社(現飛騨産業株式会社)がチャレンジしたのは、トーネットの曲げ椅子だ。椅子づくりは今日においても、家具作りでもっとも難しいとされる。

(曲げ木はと木を蒸気で蒸して曲げ、型に入れて乾燥すると戻らなくなる可塑性を利用したもの)。

曲げじわがついたり、塗装がはげるなど困難を極めた。改良に改良を重ね、品質は向上、自信の持てる商品が誕生した。さらに販路開拓がはじまるまでに、3年の月日がかかったという。

同じ頃、国内には数社の家具メーカーが創業していたが、時代の流れに淘汰された。変化の激しい時代の波のなかで、今も、健全な経営を続けているのが「飛騨の家具」のパイオニア飛騨産業株式会社である。

飛騨の家具の源流|先人「飛騨の匠」のDNAを受け継ぐ

先述のように陸の孤島といわれた飛騨高山地方。深い森の中で、縄文時代から多数の集落があったとされる。石器文化と土器文化が発達し、文明の象徴とされる石斧などの道具作りが進んでいた。

豊かな自然を背景にした、高度な木材の加工技術はやがて建築技術へと発展していくことになる。のちに飛騨国のモノづくり文化へと継承されていくのである。

飛騨の家具の源流|飛鳥・平安時代の造都、造宮も飛騨の匠

飛騨の家具の源流をたどると、1300年前に記された歴史書「令義解」へと行き着く。

sr_tokyo04-800x533出典:ショールーム飛騨家具館東京

時は奈良・平安時代にさかのぼる。飛騨の匠は宮殿や寺院造りが盛んだった頃「造都」という国家事業に大きく貢献をした。

500年もの間、造都のために、毎年100人の飛騨の匠を送り出したという。(匠とは手先や道具を用いて、木材を加工する職人こと)。とりわけ飛騨の匠は造宮に長けていた。

奈良の平城京や法隆寺夢殿、薬師寺、東大寺、そして世界遺産・国宝も飛騨の匠が造っているのである。

飛騨の家具の源流|世界遺産唐招提寺を造った飛騨の匠である

caption出典:トリップアドバイザー

世界遺産で国宝の「唐招提寺」を造ったのも、飛騨の匠であることをご存知だろうか。

唐招提寺金堂の正面一間分の「吹き出し」構造は奈良時代の最新デザインであったとされる。当時、この吹き出し構造は奈良と飛騨のみにしか知られていなかった。

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唐招提寺金堂には781年に伐採されたヒノキ材が使用されている。これにより、飛騨国尼寺は唐招提寺金堂より20年ほど先に建築されていたことが容易にわかる。

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飛騨の匠|国が免税してまで手に入れたかった高度な技術力

「令義解」によると、当時は租庸調という税制が課せられていた。にも、関わらず飛騨国は免税されていたことのわかる記述がある。

一体なぜ、飛騨国は免税されていたのだろうか。飛騨国には税を免ずる代わりに、健康な成人男子の木工を差し出す「匠制度」を命じていたのだ。

つまり国は免税してまでも飛騨の匠の高度な技術、木材に対する深い知識、匠の精神を必要としていたことが伺える。

sr_nagoya04出典:ショールーム飛騨の家具館

雅やかな飛鳥・平安時代よりおよそ500年間、延べ5万人もの飛騨の匠を送り出し、貢献を続けてきた飛騨国。だが、平安時代の末期に入ると匠制度は自然消滅していく。情勢がかわり、武家政治となったためである。

飛騨国は他国に類をみない、優れた匠を派遣した国として位置づけられ「飛騨の匠の名工伝説」が残った。

sr_osaka01-800x533出典:ショールーム飛騨の家具館大阪

卓越した匠の血は飛鳥・平安時代の匠から平成の匠へ脈々と受け継がれ今日に至る。長い年月を経て、全国唯一の木づくり文化、飛騨高山の家具の誕生へとつながるのだ。

飛騨の家具|飛騨の匠はダイニングテーブルや椅子に受け継ぐ

飛騨の家具を購入されたお客様が言う。1脚の椅子をいれるだけで、空間の空気まで変えてしまうと……。これが飛騨の家具の歴史と伝統が醸し出す存在感なのである。

参考文献 飛騨の家具ものがたり(発行/協同組合飛騨木工連合会)

次回は「飛騨の家具を紐解く【VOL3】伝統を超えるための挑戦」で更新予定。

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ホクレンホームセンター
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ホクレンホームセンターBLOG編集部

北海道とインテリアをこよなく愛するブログ編集部。おしゃれと女子会も大好き!お役立ち情報や、ちょっとした息抜きに最適な記事をみなさまにお届けしていきます。